1 調査の目的

 ストレス社会と評される現代、地域社会や職場における心の健康づくり(メンタルヘルス)は、今、大きな関心事となっている。今回の調査では、幡多地域の職業人を対象にし、(1)どの程度精神的な困難(ストレス状況への不適応性)があるか、(2)「相談機関」を利用する予定があるか(ニーズ)、(3)利用予定がない(利用しにくさの)理由は何か、この3点に絞って調査を行い、ニーズ、及び保健所としてハード及びソフト面での課題を明らかにし、今後の事業の効果的な展開を図ることとが目的である。なお、今回の予備調査は、本調査実施のための準備資料収集も目的とする。

 

2 平成8年度調査について

 平成8年度に中村保健所が行った調査「職場のメンタルヘルス調査」(以下、H8調査と呼ぶ)によると、全体(幡多地域の県職員475名対象に行われ、有効回答者数441名)の約半数は仕事や生活に現在満足し(不満は約2割)、「世間話をする機会も多く、仕事仲間同士で楽しむ機会もよく持てている」と、メンタルヘルス上の際立った問題点はないことを報告している。今回の調査では、H8調査で使用された「満足度」という観点のかわりに「精神的に困っているかどうか」の指標と一般的に使用されているGHQ30健康調査票を用い、精神的な健康度を追調査することにした。これに加え、精神的な困難に「どう対処」してきたか、その結果どうなったか、相談機関を利用するかどうか等も調べた。

 

3 方法

 幡多地域の職業を持つ男女216名(男112、女99、不明5名、平均年齢39.1歳、平均勤務年数13.1年、県職員75、病院職員79、民間企業職員62名)を対象に質問紙(調査票)法にて「心の健康づくり調査(予備調査)」[1]を実施した。事業所代表者毎に配布し、各事業所職員への施行及び回収協力依頼を行った。プライバシーに関わる内容のため、無記名式とし、回収の際は封筒に密封するよう教示した。配布から回収は1ヶ月以内に行い、回収率は約80%であった。


4 結果と考察

(1)メンタルヘルス度について

 「最近(5,6年以内)に自分や他人のことで精神的に悩んだり困ったりして辛かったことはどのくらいの頻度でありますか」という質問の回答結果(以下、困難頻度)を図1に示した。年1回以上の精神的困難を経験した者は全体の7割に達し、「常にある」と3割弱いることがわかった。最も精神的に辛かったときの、仕事や日常生活への影響(以下、最困影響度)について問うと、図2のとおり2割強が「全く手につかなかった」り「ほとんど集中できなかった」という否定的影響を受けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 


 図3には、困難頻度毎に、最困難時の影響度の割合比較を図示した。「少しやりづらかった」者の割合は、精神的困難が「ない」を除きほぼ同程度だが、「…集中できなかった」「全く手につかなかった」者の割合は、困難頻度が高いほど高く、「ほとんど影響なかった」者の割合は逆に低くなっている。実際、両指標を5段階に点数化し比較すると有意で強い相関があった(n=206,r=.465, p<.01)。困難が度重って最困難時の精神的ダメージが大きくなるのか、あるいは、最困難時のダメージの影響で困難頻度もあがるなどの可能性も考えられる。因果関係はともかく、結果からは高困難頻度者はダメージが一層大きくなる可能性が示されており、この点に留意したメンタルヘルス対策が必要である。

 

表1 性別、年齢、勤務年数、役職の有無等と各精神健康度指標との相関表

 

性別

年齢

勤務年

役職

困難頻度

最困影響度

楽しい時

GHQ30

性別

1.000

 

 

 

 

 

 

 

年齢

0.045

1.000

 

 

 

 

 

 

勤務年

0.288**

0.670**

1.000

 

 

 

 

 

役職

0.261**

0.338**

0.409**

1.000

 

 

 

 

困難頻度

0.001

-0.124

0.089

-0.012

1.000

 

 

 

最困影響度

-0.055

-0.075

0.070

-0.040

0.465**

1.000

 

 

楽しい時

-0.234**

-0.214**

-0.330**

-0.142*

-0.210**

-0.182**

1.000

 

GHQ30

-0.029

0.035

0.183**

-0.031

0.425**

0.356**

-0.494**

1.000

              注:n=188(欠損値は変数毎に省いて算出した)。*p<.05, **p<.01

      性別は女=0,男=1、役職は無=0,有=1とそれぞれ換算した。

 

 次に、困難頻度、最困影響度、「楽しくおもしろい時間」をどのくらい持ったか(以下、愉快頻度、図4)、GHQ30などのメンタルヘルス各指標と性別や年齢などとの関係を調べるために相関係数を算出した(表1)。性別、年齢、勤務年数、役職の有無などはいずれも困難頻度や最困影響度と有意な関係があるとは言えなかったが、愉快頻度とは強い負の相関が認められた。男性であるほど、そして年齢や勤務年数を重ねるほど、または役職があるほど、楽しくおもしろい時間を過ごす機会が減ることを示している。この愉快頻度は、困難頻度や最困影響度、GHQ30とやはり有意な負の相関が認められる。楽しくおもしろい時を持つ者ほど、精神的困難の頻度や最も辛い時期のダメージが低いことを示しており、GHQ30という一般的な指標もこのことを裏付けている(点数が低いほど健康とされる)。ただし、愉快な機会が多いことが困難頻度やダメージを和らげる効果があるのか、逆に困難頻度やダメージが低いから愉快でいられるのかなど、今回の調査だけではその因果関係を特定することはできない。少なくとも、精神的健康を保つ指標として愉快頻度は有効であり、男性や高年齢・長期勤務者、役職者にとって愉快頻度が下がることは、直接GHQ30や困難頻度、最困影響度との相関がないことが示すように、レッドサインではなくとも、何らかの精神的健康上のイエローサインである可能性を示唆しているだろう。

その他、困難頻度や最困影響度とGHQ30に有意な正相関が認められた。困難頻度が高くダメージが大きいほど、ここ最近[2]の精神的健康状態がよくないことを示している。また、勤務年数が長いほどGHQ30が高い。性別や年齢、役職の有無が関係ないことから、強いて言えば終身雇用制度の崩壊や不況によるリストラなどの現代的な社会不安の影響も推測されうる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(2)精神的困難への対処法について

 回答者が精神的な困難への対処法をどの程度使ってきたか、さらにその結果どうなったか(効果があったか)について調査した。

対処法については、「よくした」〜「したことはない」を3〜0点とそれぞれ点数化し図5に各対処法の使用平均値を示した。「自分で原因を取り除いたり問題を解決しようとした」が最も使用度が高く、「自分ひとりで気晴らしした(飲食、スポーツ、娯楽、趣味、旅行など)」、「ひたすら耐えた」、「誰かとともに気晴らしした(同上)」がほぼ並び、やや下がって「専門家以外の誰かに相談した(相談に乗ってもらった、聴いてもらった)」が続いた。「医療機関を受診して、薬(安定剤、睡眠薬など)を服用した」、「専門家(医師、カウンセラー、セラピストなど)に相談した」はさらに低く、ほとんど使用されていないことがないことがわかった。

続いて、対処法を試してみて実際どうであったか、その結果(効果)を問うた結果を図6に示した。対処法と同様に「とても楽になった」の+2点〜「とても辛くなった」の−2点までそれぞれ点数化して平均値を示した。最も高かったのが「専門家以外の誰かに相談した」で、「誰かとともに気晴らし」、「自分ひとりで気晴らし」が続いた。やや下がって「医療機関を受診」や「自分で原因を取り除いたり問題解決…」、さらに下がって「専門家に相談」となった。「ひたすら耐えた」が最も効果の評価は低く、これのみマイナス値であった。

 これらを総合すると、自分や誰かと一緒の「気晴らし」が使用度も効果も高いと報告されている一方で、「自分で原因を取り除いたり…」や「ひたすら耐えた」は使用度の高さとは逆に結果の評価が低いことが特徴である。これと逆のことが「専門家以外の誰かに相談」であり、使用度がやや下がるのにもかかわらずその効果への評価は最も高かった。また、「医療機関を受診」や「専門家に相談」は使用度・結果の評価ともに低く留まっており、専門家や専門相談機関の利用が一般的でなく、その評価も高くないことが示された。

 さらに詳しく検討するために、欠損値を排除して対処法使用度に関して因子分析を行った(表2、3、図7)。その結果、「誰かと気晴らし」「自分で気晴らし」「自分で原因を…」をグループにする因子1(自助因子)と「医療機関を受診」「専門家に相談」をグループにする因子2(専門家援助因子)が抽出された[3]。つまり、精神的困難への対処法については、大まかに自助か専門家援助かに分けられると言える。ところで、「ひたすら耐える」(図7のS7)や「専門家以外の誰かに相談」(図7のS3)は、自助因子と関連が強いグループの他の変数(s4,s5,s6)と比べ、やや性質が異なることが見てとれる。このことは、使用度の高い「自助」に対して使用度の低い「専門家援助」をいかに事業の中で位置付けてゆくかという点で、対処法の異質性を補完するものとして後述する「メンタルヘルス対策」の手がかりになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
 
表2 対処法使用度の相関表

 

医療機関

専門家
相談

専門家以外

相談

誰かと
気晴らし

自分で
気晴らし

自力で
原因を

ひたすら

耐えた

医療機関

1.000

 

 

 

 

 

 

専門家相談

0.701**

1.000

 

 

 

 

 

専門家以外相談

0.191**

0.183*

1.000

 

 

 

 

誰かと気晴らし

0.014

-0.049

0.417**

1.000

 

 

 

自分で気晴らし

-0.012

-0.074

0.269**

0.478**

1.000

 

 

自力で原因を

0.042

-0.024

0.313**

0.347**

0.479**

1.000

 

ひたすら耐えた

0.066

0.039

0.252**

0.181*

0.297**

0.423**

1.000

N=159, *p<.05, **p<.01

 

表3 対処法使用度の因子負荷量*

変数名

対処法

因子1

因子2

共通性

S1

医療機関

-0.064

-0.763

0.586

S2

専門家相談

0.021

-0.919

0.846

S3

専門家以外相談

-0.512

-0.211

0.307

S4

誰かと気晴らし

-0.612

0.027

0.376

S5

自分で気晴らし

-0.687

0.080

0.478

S6

自力で原因を

-0.679

0.007

0.461

S7

ひたすら耐えた

-0.464

-0.054

0.218

 

負荷量の二乗和

1.789

1.482

 

 

寄与率

25.562

21.175

 

 

累積寄与率

25.562

46.737

 

 *バリマックス法により回転

 

図7 第 1 因子と第 2 因子の組合せの因子負荷量の配置図


 続いて、対処法の結果(効果)について分析を進めてみる。図6のとおり、自己報告にもとづいた結果では、「専門家外相談」や「自分で気晴らし」「誰かと気晴らし」などの効果が高く、「ひたすら耐える」は低く、むしろ逆効果であることがうかがえた。だが、事実を反映しているのだろうか。回答者がそう思い込んでいる危険はないだろうか。

 そこで、先述の精神的健康度の各指標を用いて、別の角度から対処法の効果について検討してみる。そもそも精神的困難頻度が低い者は対処の必要性が低いとも考えられる。悩み困る心配がなければ対処法を考える心配もあまりいらないからである。普段どおり日常生活を楽しむという意味で「気晴らし」などをして、よい結果が得られたと自然に感じているだけなのかもしれない。反対に、困難頻度が高い者は、常に対処法に気を配る必要があるだろうと考えられる。困ったり苦痛を避けるため、あるいはそのダメージを最小限にするために、そのつど効果的な対処法を求めていると考えられるからである。したがって、駆使された対処法のうち、どの方法が効果的であるかを、困難頻度の高い者の回答から分析することにした。

 困難頻度の高い「常にある」と答えた者のうちGHQ30の得点が8点以上の群をHi、7点以下の群をLoとして[4]、2群間で各対処法及び対処結果について平均値の差の検定(t検定)を行った(表4)。各対処法で有意差があったのは「誰かと気晴らし」であり、「専門家以外の誰かに相談」と「ひたすら耐えた」の平均値の差にも有意な傾向がみられた。つまり、GHQ30の低い(健康な)者の方(Lo群)が高い者ら(Hi群)より「誰かとともに気晴らし」する機会が多いことがわかった。また、Lo群が「専門家以外の誰かに相談」する頻度が高い傾向がみられた。逆にHi群に「ひたすら耐える」頻度が高い傾向があった。次に各対処結果の平均値の差をみると、Lo群はHi群に比べ有意に「専門家以外へ相談」や「自分で気晴らし」して楽になったと報告しており、また「誰かと気晴らし」して楽になったと言う傾向が認められた。

 精神的困難が高頻度であるにもかかわらず、調査時点の数週間の心身の健康状態を問うGHQ30の得点で健康なレベルでいられるLo群は、困難への対処法がうまくゆき心の健康を維持することに成功している人々であると理解できる。彼らは「誰かとともに気晴らし」する機会をよくつくり、「専門家以外への誰かへ相談」する機会を心がけ、「ひたすら耐える」ことをしないようにしている。また、「専門家以外の誰かへ相談」したり「自分で気晴らし」することを中心に、「誰かと気晴らし」することも含めて、それらの効果を高く評価している。メンタルヘルス保持増進の指針として受け入れることができよう。このことは、H8調査[5]において報告された、「世間話」や「仕事仲間同士で楽しむ」「不安やストレスを相談できる」機会を多く持つ者の「満足度」が高いという結果と矛盾しない。H8調査の結果が今回の調査結果によっても追認されたと言える。

 


 表4 高困難頻度者におけるGHQ30高低2群間の各対処法・結果平均値比較

 

 

平均値

Hi群

分散

データ数

平均値

Lo群

分散

データ数

各対処法

医療機関

1.17

0.50

0.97

32

0.24

0.55

29

 

専門家相談

0.89

0.25

0.52